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私が OHASHIATSU を始めたきっかけですが、これは全くの偶然なんですね。古い本を整理していたら、 10 年以上前にワシントン郊外の古本屋で見つけた大橋先生の本が出てきました。当時ワシントンに住んでいて、「ニューヨークに行くと、面白い学校があるんだなあ…」と思っていたんですが、期せずして、ニューヨークで生活するようになったので、今でも OHASHIATSU なるものがニューヨークにあるのかちょっと興味が沸きました。早速、インターネットで調べてみると、立派に存在していまして、ちょうどいい具合に Beg1 のクラスがもうすぐ始まるというところだったんです。 私の母は、朝早くから夜遅くまで良く働く、日本のお母さんです。 17 年前、当時まだ 50 歳を過ぎたばかりの母は、持病の高血圧に更年期と風邪が重なって、脳梗塞になってしまいました。運良く処置が早かったので、2ヵ月ほどの入院とリハビリの後は、ほぼ元通りの体に戻りましたが、これを機に疲れやすくなったのは確かです。そんな母が一番喜ぶのがマッサージです。私は、こんなに遠く離れてアメリカに住んでいる親不孝の埋め合わせの気持ちもあって、「実家の母に指圧をしてあげたい、ちょっと指圧でも習ってみようかな」と思い立ち、阿部先生の Beg1 を受講することにしました。 まだまだ学ぶことが多いのですが、実際に勉強を始めて感じたことをいくつか挙げます。
私は、指圧をちょっと勉強しようという安易な気持ちで始めたわけですが、今では OHASHIATSU の深さにすっかり魅了されて、何年かかるかわからないけれども、勉強を続けていきたいと思っています。 私は、フリーランスの翻訳と通訳の仕事をしているのですが、例えば翻訳の案件が山積みで、締め切りが迫っている時などは、ベッドから起き出すと、コンピューターの前に直行して、そのまま夜中の1時2時まで、仕事をやりっぱなしという状態が続くのです。 3年ほど前、例によって締め切りを抱えながら、昼も夜もない生活をしていたある日、ピリピリするような妙な腹痛で目が覚めて、直感的に「医者に行かないとまずいな」と思いました。かかりつけの内科医に電話すると、運良くすぐに診てくれて、たぶん盲腸だからと、数ブロック先の外科医に即刻廻されました。外科医に行くと、すぐ手術ということになり、その外科医同伴でレノックス病院の救急室へと運ばれたのです。頭から血を流している人やベッドでもがき苦しんでいる人たちが、長時間処置を待っているのにもかかわらず、その外科医は私を最優先患者だとみんなに聞こえるように宣言し、私は、あっという間に検査室から手術室へと運ばれました。通常は小指の先くらいの大きさの盲腸が鶏卵大に膨らみ、私の盲腸は、爆発寸前だったのです。 こんな緊急時に私が心配していたのは、自分の体のことではありませんでした。体は医者に任せておけば大丈夫。それよりも、こんなところで横になっていては、仕事が遅れる、締め切りに間に合わなかったら、クライアントに迷惑をかけてしまう、とそればかりが心配だったのです。夜中の緊急手術を終えて、集中治療室で麻酔が醒める際の吐き気と悪寒にのた打ち回り、やっと落ち着いて病室で寝入ったのが朝方だったと思います。弱々しく目を覚ますと、なにはともあれクライアントに電話をして一部始終を伝えて、申し訳ないが1日だけ締め切りを延ばしてもらえないかとお願いしました。それを聞いたクライアントの方が驚いて、退院して元気になるまでは仕事のことは忘れて養生するように、と勧めてくれたのです。あの頃の私は、自分の体や心配してくれる家族や友だちよりも、仕事が大切だと本気で思っていたんですね。こんなふうに、ゾンビのような体を引きずって、心は仕事のことで他に何も考える余裕がなく、何週間もだれにも会わないことも珍しくありませんでした。私は、心身ともに疲れ果てて、社会性ゼロの生活を続けていて、果たして自分は幸せなのか、そして仕事の達成感や稼いだお金はこんな苦しみの等価といえるのかを徐々に考えるようになりました。 そんな時に始めたのが、 OHASHIATSU なんです。すばらしいクラスメートと先生に恵まれ、楽しみながら、そして心も体も気持ちよくなりながら、みんなでいっしょに共に学び、共に進歩していく喜びは、今までの私の生き方とは全く違いました。 OHASHIATSU のおかげで、私は、心と体のバランスの大切さ、人との和のすばらしさに気が付いたといっても過言ではありません。 OHASHIATSU は、施術する側と受ける側の気の交流です。言い換えると、 OHASHIATSU はひとりでは勉強できないんです。体を貸してくれるクラスメートのおかげで練習できます。だから、これからも共存共栄の精神で、クラスメートや他の生徒さん、そしてインストラクターの方々といっしょに、仲良く、楽しく勉強を続けていきたいと思います。皆さんも私たちの仲間に入って、いっしょに勉強しませんか? 《了》 |